千年家の由来
絶やすことなく千年の歴史を見つづけた「法火」
千年という長い年月、かまどの火を一度も絶やすことなく代々守り続けてきた家。
それが福岡県新宮町上府にある通称「千年家」と呼ばれる横大路家住宅。

横大路家は「曲り屋」と呼ばれるL字型をした建物で、1977年(昭和52年)に九州では最古の民家として国の重要文化財に指定されました。
平成12年には、約2年間をかけて修復工事が行われました。その際に家に残っている資料や部材の加工痕を調査した結果、建築年代は17世紀中頃(1650年頃)にさかのぼります。
またこの家には、天台宗を日本に広めた最澄(伝教大師)にまつわる逸話が伝えられています。
西暦805年唐から帰国した最澄(伝教大師)は唐から帰国の途中、嵐に遭いながら、花鶴浜(今の古賀市)にたどり着き助けを求めるために独鈷を投げた所(新宮町の立花山)に居合わせたのが初代当主横大路源四郎でした。
最澄(伝教大師)は、布教のため横大路家祖先・源四郎の家にしばらく滞在しました。
最澄は、布教を終えて上洛する際に、滞在のお礼として唐から持ち帰った「法火」と、自ら彫ったという「毘沙門天像」、そして「横大路」の性と「岩井の水」という井戸を源四郎に授けました。
それ以来、1200年たった今もかまどの火種として「法火」は一度も消えることなく燃え続けています。
現在「法火」は、第44代当主、横大路文彦さん、千鶴江さん夫婦に受け継がれ、屋敷の板の間にある三連かまどで燃え続けています。
千年家を訪れると、千鶴江さんが板の間で、横大路家の由来について、わかりやすくお話をしていただきます。87歳のご高齢にかかわらず、とてもお元気です。
それが福岡県新宮町上府にある通称「千年家」と呼ばれる横大路家住宅。

横大路家は「曲り屋」と呼ばれるL字型をした建物で、1977年(昭和52年)に九州では最古の民家として国の重要文化財に指定されました。
平成12年には、約2年間をかけて修復工事が行われました。その際に家に残っている資料や部材の加工痕を調査した結果、建築年代は17世紀中頃(1650年頃)にさかのぼります。またこの家には、天台宗を日本に広めた最澄(伝教大師)にまつわる逸話が伝えられています。
西暦805年唐から帰国した最澄(伝教大師)は唐から帰国の途中、嵐に遭いながら、花鶴浜(今の古賀市)にたどり着き助けを求めるために独鈷を投げた所(新宮町の立花山)に居合わせたのが初代当主横大路源四郎でした。
最澄(伝教大師)は、布教のため横大路家祖先・源四郎の家にしばらく滞在しました。
最澄は、布教を終えて上洛する際に、滞在のお礼として唐から持ち帰った「法火」と、自ら彫ったという「毘沙門天像」、そして「横大路」の性と「岩井の水」という井戸を源四郎に授けました。
それ以来、1200年たった今もかまどの火種として「法火」は一度も消えることなく燃え続けています。
現在「法火」は、第44代当主、横大路文彦さん、千鶴江さん夫婦に受け継がれ、屋敷の板の間にある三連かまどで燃え続けています。
千年家を訪れると、千鶴江さんが板の間で、横大路家の由来について、わかりやすくお話をしていただきます。87歳のご高齢にかかわらず、とてもお元気です。
